《北のめん羊ワンダーランド 24》黎明期を多角経営で乗り越える 北海道美深町・松山農場

北海道北部の美深町にある松山農場は、現在500頭規模の羊を飼養する道内有数の歴史を持つ羊牧場だ。羊肉生産に加え、羊乳製品、ファームイン、レストラン経営など多角的に事業を展開するほか、近年は村上春樹氏のベストセラー小説『羊をめぐる冒険』の舞台ではないかと話題になったことでも知られている。
【文・写真=星野晃一/2026年9月取材】※「北のめん羊ワンダーランド」は毎週金曜日更新中! 最新記事は公開後1週間、無料でご覧いただけます。

離農跡地を活用しつつ粗飼料を自給
松山農場の現在の羊飼養頭数は約500頭。このうち繁殖雌羊が約150頭、種雄羊が約10頭、更新用の育成羊が30~40頭で、肉用として販売する羊が120~150頭となっている。草地面積は100haあり、40haを放牧地、60haを放牧・採草兼用地として利用している。地域の離農跡地を活用しているため、草地は複数箇所に分散している。
牧場経営は現在、創設者の柳生佳樹さんの長男・好輝さんが㈲松山農場の代表取締役を務め、主に飼養管理を担っている。肉用羊は1年を通して舎飼いで管理しており、それ以外を5月末から10月末頃まで集約放牧で管理し、冬季は積雪のため舎飼いになる。集約放牧では、区画ごとに面積が違うため適正頭数を配置し、効率的な草地利用を心掛けている。
牧草は基本的に自給している。収穫作業を自ら行い、不足した場合のみ近隣の酪農家から購入している。濃厚飼料は独自配合で、トウモロコシを主体に、ふすま、大豆かす、ルーサンペレット、ビートパルプペレットを組み合わせているが、子羊には鼓張症対策として大豆かすを除いて給与している。
寄生虫対策としては、子羊は全頭駆虫を基本としながら、薬剤耐性の問題を考慮し、成羊には必要な個体や群に限定して処置している。「使いすぎないよう気を付けながらやっています」と好輝さんは話す。

繁殖力に優れるロマノフ種
現在の羊群はフライスランド系統が7~8割、ロマノフ系統が1~2割を占めている。さらにポールドーセット種やサフォーク種などの血統も取り入れながら、近親交配を避ける工夫を続けている。
ロマノフ種最大の特徴は、その高い繁殖能力だ。一般的な羊が年間1.5~2頭程度を産むのに対し、ロマノフ種は年間3.5~4頭ほどを産む。7カ月ごとに繁殖でき、増頭能力に優れている。
一方で、肉用としては肉付きや肉色の面で課題もあった。同牧場では改良を進めるため、1991年にイギリスから乳用種のフライスランドを導入。以後、ロマノフと交配を重ねながら独自の羊群を形成してきた。

年間50頭分を自前のレストランなどで消費
出荷する羊肉は、平均15カ月齢まで育てたホゲットとして販売している。発育が良く肉付きに優れた一部の個体はラムとして出荷することもあるが、基本的には枝肉重量30kgを目標に肥育している。
販売先は道内が中心だ。札幌・すすきののジンギスカン専門店や旭川市内のビアレストランなどへ継続的に出荷しているほか、自社が所有する町内のビアレストランや通信販売でも販売し、年間では約50頭分を自前の販売ルートで消費している。
現在でこそ国産羊肉は高い評価を受けているが、牧場を始めた当初は全く状況が異なった。「肉なんて全然売れませんでした」と佳樹さんは当時を振り返る。ベビーラムとして販売しても増え続ける子羊の行き場に困り、ほかの牧場へ30頭を無償で譲り渡したことすらあったという。
ところが、コロナ禍以前のジンギスカン店の開店ラッシュ時期に、飲食店側が直接牧場を訪れて契約を結んだことをきっかけに、安定した販路が築かれた。現在でもその関係が続いている。

羊乳が切り開いたもう一つの可能性
羊肉が売れなかった時代、松山農場は羊乳に経営の活路を求めた。「肉が売れないなら乳製品で勝負しよう」と考えた佳樹さんは、イギリスから産乳能力に優れたフライスランド種を導入するとともに乳加工場を整え、羊乳事業に乗り出した。アイスクリームや各種乳製品を開発し、一時は大きな人気を博したという。
しかし、アイスクリームは製造工程の衛生管理が難しく、大腸菌汚染のリスクが高かったことから製造を終了した。現在は瓶入り羊乳やソフトクリームミックスを販売しているほか、冷凍羊乳という独自の商品も手掛けている。このうち冷凍羊乳は、本州の三つ星レストラン向けにも出荷されている。羊乳は牛乳に比べて、解凍による風味の劣化が少ないのだという。
現在の生乳生産量は年間約4tだが、最盛期には10tに達した年もあった。近年は羊肉需要の伸びに伴い、羊乳への関心も高まっていることから増産を視野に入れている。
ただし、生産量を簡単に増やせるわけではない。現在も搾乳は手作業だ。80頭を2人で搾ると約2時間かかり、それを搾乳可能な半年間、毎日続けなければならない。労働力の確保が大きな課題になっている。
チーズづくりにも挑戦している。ホエーを取り除いて真空パックし、約3カ月熟成させるシンプルな製法だが、「羊乳らしい特徴が出ていて、牛乳チーズとは違うおいしさがあります」と佳樹さんは手応えを感じている。
一人のシベリア抑留経験者との出会い
佳樹さんは若いころ、羊飼いではなく牛飼いになることを目指し、帯広の大規模牧場で研修を受けた後、幌延町で肉牛経営を始めていた。しかし、小樽市で農産物問屋を営んでいた父親が心筋梗塞で急逝したことで状況が一変する。家業を継ぐことになり、自身の牧場経営との両立を図ることになった。
そして1988年の日米交渉で牛肉の輸入自由化が決まる。安価な輸入牛肉が市場に流れる時代を迎え、「当時飼っていたアンガス種では太刀打ちできない」と感じた佳樹さんは、新たな可能性を模索し始めた。
羊との出会いは、一人の高齢男性が訪ねてきたことがきっかけだった。その男性は旧日本軍の軍人としてシベリア抑留を経験していた。抑留中に見たロシア人の羊毛皮の帽子や外套が非常に暖かく、日本でも羊を飼ってほしいと佳樹さんに熱心に勧めたのだという。そこで紹介されたのが、ロシア原産のロマノフ種だった。
1986年、佳樹さんはカナダからロマノフ種を輸入した。当時、北海道内で本格的に羊を飼養している人はほとんどおらず、大規模な羊経営としては極めて先駆的な取り組みだった。佳樹さんは「当時は道内に一人くらいしか羊飼いがいなかったと思います」と振り返る。
ソバ栽培や白樺樹液の加工品、ファームインなども
松山農場の事業は羊だけにとどまらない。46haでソバ栽培を行っているほか、白樺樹液を利用した清涼飲料水や化粧品原料の製造販売も農場の関連会社が手掛けている。これらを合わせた従業員数は8人だ。
さらに1995年にはファームインを開業した。当時は北海道内でもまだ珍しい存在で、現在31年目を迎えている。しかし近年は人材確保に苦労しているという。農作業スタッフは比較的集まる一方で、宿泊部門などサービス業の人材はなかなか集まらないと佳樹さんは話す。
『羊をめぐる冒険』を読んでファームインへ
美深町の松山農場を語る上で欠かせないのが、村上春樹氏の小説『羊をめぐる冒険』との関係だ。全国から訪れる宿泊客の中には、この小説を読んでやって来る人が少なくない。佳樹さんは冗談交じりに「彼の小説がなかったらファームインのお客さんは半分になる」と話す。
興味深いことに、「小説の舞台のモデルではないか」という話を広め始めたのは佳樹さん自身だった。1990年代半ば、羊飼い仲間から『羊をめぐる冒険』を勧められて読んだところ、作品に描かれる風景が自分の牧場のロケーションと驚くほど重なっていたという。
そこでホームページで発信を始めたが、当初はほとんど反響がなかった。ところが雑誌などで取り上げられるようになった2007年頃から徐々に注目が集まり、今では全国的な話題となっている。
ノーベル文学賞の発表時期になると、村上ファンが毎年美深を訪れる。現在は牧場が運営するビール工場兼レストランが交流の場になっているという。
肉付きの良いテクセルに期待
来年には、小樽市内でジンギスカン店を開業する構想も進んでいる。佳樹さんの実家が使用していた古い建物を活用し、羊肉の新たな販売拠点にする考えだ。
一方で、牧場そのものについては「大きく変えるつもりはありません。基本に忠実に、健康な羊を育てたいんです」と好輝さん。畜舎の収容能力に見合った適正な頭数を維持し、1頭1頭の管理を徹底する。それが後継者としての経営方針だ。
最近導入した肉用品種のテクセルについては、「肉付きが非常に良いので、今後どんな成果が出るのか楽しみです」と期待を寄せている。
牛肉自由化の波を受けて羊へ転換してから40年。羊肉が売れなかった時代を乗り越え、羊乳という新たな価値を切り開き、独自の販路とブランドを築いてきた松山農場。その歩みは、日本の羊産業の発展そのものと重なっている。親から子へと受け継がれる牧場の歩みは、これからも美深の大地に刻まれていくことだろう。
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