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《北のめん羊ワンダーランド 4》羊飼いとして生きる難しさ 新規就農、と畜場、獣医療の壁

  • 7月10日
  • 読了時間: 7分

更新日:7月26日

加工処理する武藤さん
加工処理する武藤さん

羊飼いとして生きる難しさ

新規就農、と畜場、獣医療の壁


 羊肉需要がある一方で、羊飼いとして新規就農する人も少しずつ出ている。だが、羊を飼い、肉として出荷し、経営として成り立たせるまでには多くの壁がある。第4回は、と畜場の不足、農協や共済との関係、獣医療の空白、企業参入の難しさなど、羊飼いを取り巻く現実を聞いた。(聞き手・構成=星野晃一/全7回の4回目)


 ゲスト 北海道めん羊協議会会長・武藤浩史さん

     同顧問・河野博英さん


新規就農者を阻む現実


 ――農業専門紙誌などを見ていると、それでも羊飼いとして新規就農する人が最近、ポツポツ出ています。やはり、牛に比べると、施設や土地への投資がそれほど大きくなくて済む、小柄なので飼いやすい、需要もあるっていうところなのでしょうか。


 河野 羊が大好きとか、ヤギでも熱狂的ファンがいて、相談されることはよくあります。一方で、何か羊はもうかりそうと資金力のある人が始めたりするケースもあります。例えば、耕作放棄地の管理で羊やヤギを飼おうという動きは十数年前に一回ありました。けれど、そういった経営はほぼ撤退しましたね。

 今またソーラーパネルの下や耕作放棄地で羊を飼う取り組みが全国的にありますが、そういう人たちにはぜひ、きちんと種をまいて牧草地をつくりましょうと言いたい。昔は、羊やヤギを草刈り機の代替くらいにしか考えておらず、羊がどんどん痩せこけていきました。

 羊の飼養頭数が増えていくのは良いことですが、周りの状況をもっと整備しないと。典型的なのはと場の問題です。たくさん羊がいたってと畜できない。北海道のと畜場はパンク寸前ですから。


と畜場が足りない


 武藤 当たり前ですけど、と畜場に羊専用のラインはありません。豚のラインの最初か最後に入れるか、緊急と畜ラインに乗せるか、と畜場ごとに工夫してやっているんです。私が使っている十勝のと畜場は週4日稼働で1日最大20頭です。1週間で80頭、50週稼働して年間4,000頭の処理が限界です。でもこれは単純計算なので、曜日調整などを考えたらもうパンク寸前なんですよ。オホーツク管内の東藻琴のと畜場なんて、週1日で5頭のキャパシティーだから2カ月ぐらい前に予約取らないとダメです。

 釧路管内に新たなと畜場をつくる構想もありますが、それは牛専用のと畜場です。羊も何とかしてくれって言ったんだけど、当然相手にされない。まあ、羊を持ち込まれてもと畜場にとっては利益になりませんからね。


 ――と畜場問題は切実ですね。


 武藤 府県はもっとひどい。東北で飼養頭数が増えてますが、受け付けないと畜場もあるんです。他県まで行って処理するとか、と畜はできるけど内臓は返してもらえないとか。ともかく冷遇されているんです。さっき精液や人工授精の話をしましたが、あれは「こうあればいいよね」っていう話ですが、と畜は目の前の問題です。


 河野 出口がちゃんとできてないと、いくら増やそうとしたってしようがない。


 武藤 もっと大きな視点で言えば、この国のマイノリティーな農業の在り方をどう考えるかっていう一つの象徴なんです。有機農業はある程度市民権を得つつありますが、雑多な、マイノリティーと思われている農業を排除したら、これからは新しい人が参入できなくなるんじゃないですか。どうして牛や豚じゃなく羊で新規就農したいのか、もちろん初期投資やランニングコストが比較的少なくて済むこともありますが、「牛や豚をやりたいわけじゃない。誰に迷惑をかけるわけでもないから、羊を飼わせてくれ」っていう謙虚な話なんですよ。

 と畜場問題は、それを認めてくれない状況をつくっています。そういう芽を摘むということは、新しい就農者を迎え入れる地域の問題にもなるわけです。いくら新規就農の支援を厚くしても、と畜場が受け入れてくれなければ始まりません。


羊飼いとして生活する難しさ


 ――新規就農で羊飼いになりたいという相談は結構来ますか。


 河野 しょっちゅうです。サフォークのまちとして有名な道北の士別市には羊飼いを目指している地域おこし協力隊が何人もいて、その中から周辺のまち含め就農するケースもあります。羊飼いになろうと、帯広畜産大学に進学する人もいます。


 ――そういう相談にはどう答えていますか。


 武藤 まず厳しい現状は話しますよね。それでもやりたいんだったら、実習生として受け入れたり協力はします。独立する際は、うちも十分じゃないので頭数は限られますが羊を譲ることもあります。


 ――道東で、とりあえず生活できるようになるまでの収益を上げられる経営規模の目安はありますか。


 武藤 そういう基準はないですね。例えば、うちは今350頭出荷で、繁殖約300頭ベースで回していますが、経営は厳しいですよ。かといって倒産はしません。自分の給料を抑えて何とかしのいでいるレベルです。羊を丁寧に扱おうと思ったら1人で繁殖メス100頭ぐらいが限度。で、100頭でどうやって生活できるようにするか考える。そうしたら流通のところで工夫するしかありません。


 ――流通に関与してくれる農協は道内にあるんですか。


 武藤 昔は女満別や計根別にありました。生産組合をつくって買い上げていました。士別は、市が関与しブランドをつくっています。その他の地域では、羊飼いを多く抱えている農協はないから、元々関与のしようもないですよね。指導ももちろんできませんし。ただ、その分、販売は自由なんですよ。勝手にやってくださいということです。私は正組合員ですが、公庫などの借り入れも直対になっています。


 ――共済は?


 武藤 所得補償の分野しか対象になりません。診療関係の保険制度は適用外です。その点も羊を多頭飼養する上で、大きな壁になるんです。


獣医療と飼養管理の空白


 河野 大学で羊のことを学んだ獣医師がいない。だから羊飼いが自分で処置しないとならないんですよ。例えば乳牛が第四胃変位になったら、獣医師を呼んで時には手術までしますが、羊だと手術が必要な疾病は淘汰(とうた)するしかありません。慣れている羊飼いなら、例えば子宮脱くらいなら自分で整復しちゃいますが、できない人は放ったらかしで死なせてしまう。


 武藤 ある程度、病気の管理ができないと多頭飼養に向かえない。うちの牧場が繁殖頭数をこれ以上増やせないのは、人手の問題や放牧地の問題などもありますが、病気の問題もあるんです。多頭飼養になればなるほど、予防管理が大事になってきます。この頭数までは経験上みることができるけど、さらに一桁違う数を飼うとなったら、全くやり方を変えなければなりません。


 河野 技術を持たないのに売り上げが少ないから羊を増やそうと考える人、結構いるんですよ。そういうケースは資金力に余裕がある経営に多い。


 武藤 純粋に羊が好きで羊飼いになる人とはまた別の考え方をする人で、「羊ってもうかるんじゃないの? 市場を見たら枝肉単価が和牛より高いじゃん。一発、羊牧場つくろうか」って始める人もいるわけです。


 河野 道内の馬産地で、軽種馬をやめて羊牧場を始めたところがあったんですが、そこは誰一人技術者がいなかった。初めは畜産大学を卒業した女性がいて、その時はまだ良かったんですが、辞めてしまったら羊を分かっている人間が皆無になりました。そんな状態で頭数を増やしてもどうにもならず、結局撤退しました。そもそも、初めに輸入した羊はちゃんとしたブリーダーからではなく、肉で出すような安い個体を導入して、それを種畜として使っていましたから。


 武藤 以前のジンギスカンブームの頃から、企業が羊を始めるケースは結構あったんですが、もう数えるほどしか残っていないですね。8割は経営譲渡したり売却したり、という状況。さっき言ったように羊産業を支える底辺がない中で、最初から大規模経営をやるのは、かなり無謀なことなんです。


 河野 無謀だし、羊の将来のためには絶対に悪い方向です。せっかく頭数がいるのに、ほったらかして羊を駄目にしちゃうんですから。それを防ぐために、高齢化で廃業する羊牧場を意欲のある新規就農者に引き継ぐシステムが今後必要と思います。

 羊飼いを支えるには、新規就農や経営継承の仕組みに加え、肉以外の価値をどう生かすかも問われる。次回は、羊毛利用や堆肥、放牧による草地づくりなど、羊が持つ多面的な価値を掘り下げる。


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