《この人に聞く》長井俊彦・農林水産省畜産局長「飼料自給率向上へ、危機に強い生産基盤を」
- 6月4日
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改正食料・農業・農村基本法に基づく新たな食料・農業・農村基本計画と酪肉近代化基本方針(酪肉近)の制定から1年が経過するなかで、酪農乳業を取り巻く社会・経済情勢も中東情勢の悪化に伴う生産コストの上昇や、コストを考慮した合理的な価格形成を目指す「食料システム法」が今年4月に完全施行されるなど大きく変化している。
農水省の長井俊彦畜産局長は『酪農経済通信』など専門紙の共同取材に応じ、生産基盤整備の必要性や、牛乳乳製品の需要拡大の取り組みと併せた消費者理解醸成の重要性を指摘した。
長井局長は1967年生まれ、長野県出身。1990年東京大学経済学部卒業後、同年4月農水省入省。食料産業局食品製造卸売課長、生産局農産部地域作物課長、経営局総務課長、大臣官房審議官、農村振興局長、大臣官房長などを経て、2025年7月から現職。
食料安全保障の確立は自国での生産が基本
――中東情勢の緊迫化など食料の安定供給を揺るがす予測不可能な危機にどう対応していくか。
長井 農水省では相談窓口を設けており、それぞれのサプライチェーンで問題が生じている話があれば、経産省など関係省庁とも協議し、現場での資材不足が発生しないよう対応している。
配合飼料については、トウモロコシはアメリカなど中東以外からの調達がほとんど。海上運賃上昇等の影響はあり得るが、中東を通らない運行ルートのため、量は確保できるだろう。肥料関係では秋肥確保のめどは立っており、現場で必要な量はある程度の期間まで確保できていると認識している。
食料安全保障の確立に向け自国でしっかり生産することが基本だ。安定供給のためには、起こり得るさまざまなリスクに耐えられる構造にしていかなければいけない。飼料自給率を上げていくことは大切だ。基本計画や酪肉近にのっとり、まずは目標達成に向けてしっかりと自給飼料の生産基盤を整えていくべきだと思う。ただ、これも1年でどうこうできる話ではない。着実に国内で生産可能なものを生産し、自給飼料生産の基盤づくりを進めることが重要になる。
一方、ナフサを含む石油やその関連製品の不足懸念が伝えられている。石油の問題は重油や軽油だけではなく、ラップフィルムや小売り段階で使われる食品トレーなど多様な産業資材に関連している。
食品産業の事業者からは資材の調達リスクについて心配する声も聞いている。例えば、食肉流通に必要なトレーなどは今後注視していく必要があるだろう。牛乳パックは供給自体に問題はないが価格面で影響が生じるかもしれない。いずれにしても多岐にわたる石油やその関連製品の供給をきめ細かく確認していく必要がある。
需要喚起は関係者が目線そろえるのが重要
――酪肉近では「需要の拡大」が最重要テーマに掲げられた。
長井 酪農は一時期の非常に厳しい状況から、少しずつ脱してきているのではないか。乳価もこの2年でかなり上昇し、酪農家の投資意欲も出てきていると認識している。
生乳需給に関しては、飲用需要が減る中、バターの需要は引き続き堅調だが、脱脂粉乳の在庫対策は継続して実施する必要がある。「牛乳でスマイルプロジェクト」の下、牛乳類だけではなくヨーグルトの消費拡大など業界を挙げてさまざまな取り組みを進めている。効果を高めるにはみんなで目線をそろえていくことが重要だ。消費拡大は始まったばかりだ。Jミルクなど関係団体から状況を聞いて、農水省として問題解決に協力していきたい。
暑熱対策もかなり重要になってきている。牛乳等の消費が多い夏に十分な量の生乳が供給できていない地域が出てきているので、夏場でもきちんと搾れる体制を整えなければいけない。今年度からスタートした「需要期対策」(生乳需給や酪農経営の安定を図るために、暑熱対策として飼養環境改善のための資機材の導入や、夏季においても比較的高い受胎率が期待できる受精卵移植に転換する取り組みを行う生産者団体等を支援する事業)は、まだ評価できる段階ではないものの、一つずつ進んできていると思う。
肉牛のうち、和牛はコロナ禍後の牛肉需要の減少に伴い、子牛価格も低迷していたが、最近は回復基調にある。ただ、これだけ値段が高くなると肥育農家の経営が大変になる。出口対策をしっかりと打ち出したい。
――基本計画のKPI(数値目標)やクロスコンプライアンスについては。
長井 基本計画ではKPIを毎年検証することになっており、当然、酪肉近での各種目標の検証が求められることになる。今年度の検証を具体的にどうするかはまだ決まっていないが、いずれにしても毎年きちんと検証して、政策評価をすることになるだろう。
昨年度から導入した「(乳製品在庫対策への拠出を畜産クラスター事業など主要補助事業受給の要件とする)生乳需給安定クロスコンプライアンス」については、加工原料乳生産者補給金を対象にすることなどが今後の検討課題となるだろう。
この1年間で酪農乳業を取り巻く、さまざまな問題の解決につながるような取り組みが着実に進んでいると思う。消費拡大もそうだが、特に脱脂粉乳の在庫削減対策は酪農に関わる全員の課題だ。在庫対策などに取り組んでいくための仕組みとしてクロスコンプライアンスが存在している。業界全体で課題解決に取り組む姿勢が何よりも大切だ。
消費者に対する理解醸成活動がより大切に
――飲用牛乳でも議論が進んでいる「コスト指標」に対する認識は。
長井 先行して4月にコスト指標を決定したコメでよく指摘されていたが、あくまでも“指標”であり、最低価格ではない。取引価格は民間で決めるものだが、大事なことは交渉の中で前年と比べてどう変化しているかを考えてもらうことにある。売る側と買う側が向き合って交渉することが重要だ。酪農乳業界では、これまでもそのような姿勢で乳価交渉に臨んできたと思うので、それを継続してほしいと思う。
消費者の立場から見れば、価格が安いに越したことはないが、食料が持続的に供給されるには、生産にどのくらいのコストがかかり、それをカバーするのにどの程度の価格水準が必要かについて考えてもらうことが大事だ。
農水省としても消費者に対する理解醸成を図るために、PR方法なども改めて考えていかなければならない。「牛乳でスマイルプロジェクト」などでの需要拡大と併せて、農家の実情も理解してもらう必要がある。
――酪農家に対するメッセージを。
長井 この数年間、厳しい環境に直面して乗り越えてきた人が多いと思う。だからこそ、今の経営をしっかり続けてもらいたい。皆さんがしっかり経営を安定させるための助力となる政策をわれわれも講じていきたい。皆さんに持続性のある経営を続けてもらうことが日本の酪農や牛乳・乳製品の未来につながると考えている。(おわり)
(聞き手・山根藍利)
≪酪農経済通信/2026年6月4日付≫
原題:《この人に聞く》飼料自給率向上へ、危機に強い生産基盤を
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