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停電と道路寸断対策強化し、離島の酪農・乳業を持続可能なものに 東京都八丈町・八丈島乳業/ゆーゆー牧場

  • 8月2日
  • 読了時間: 8分
太平洋を望む高台で続けるジャージーの放牧飼養。ゴルフ場だった場所を活用している
太平洋を望む高台で続けるジャージーの放牧飼養。ゴルフ場だった場所を活用している

 離島という制約の中で酪農と乳業を一体で成り立たせる――。八丈島乳業株式会社(歌川真哉代表取締役=55)はそんな営みを積み重ねてきた。牧場では在来飼料と島外から購入するTMRを活用してジャージーを通年昼夜放牧、乳業工場では生乳を無駄なく使い観光地という立地を生かした商品づくりを続けてきた。2025年秋の台風はその確かさと課題を浮かび上がらせた一方、酪農・乳業を持続可能なものにし、島の風景として残したいという思いは強まっている。

 ※本記事は、月刊『デーリィマン』本誌(2026年2月号)に掲載した記事を、デーリィマンプラス向けに一部体裁を整えて掲載するものです。


島に酪農を残す思いで事業を引き継いだ歌川代表。2007年に新潟から島へ移った
島に酪農を残す思いで事業を引き継いだ歌川代表。2007年に新潟から島へ移った

かつての酪農王国から最後の灯引き継ぐ


 東京都心から南へ約290km、太平洋に浮かぶ八丈島はかつて「酪農王国」と呼ばれた。1972年には島内で酪農家55戸により約500頭の乳牛が飼養され、学校給食にも島の牛乳が供給されていた。しかし、冷蔵・物流技術の進展とともに本土産の安価な牛乳・乳製品が流入し、島の酪農は急速に縮小。1990年ごろにはその姿はほぼ消えかけていた。この流れに歯止めをかける形で、2014年に設立されたのが八丈島乳業だ。島内でリゾートホテルを運営していた歌川代表が、赤字続きで存続の瀬戸際にあった乳業と牧場を引き継ぎ、再出発を図った。「酪農がなくなれば、牛乳だけでなく、島の風景や記憶まで失われてしまう。それを止めたかった」と歌川代表。こうして島に残された最後の酪農は次の時代へと引き継がれた。

 現在、同社は島内で唯一の酪農場「ゆーゆー牧場」を運営するほか、乳業工場、直営カフェ、ジェラートショップを展開する。牧場で生産した生乳を自社工場で加工し、島内外で販売する。生乳生産から加工、販売までを一体で担う体制が大きな特徴だ。


搾乳の準備を行う月ヶ瀬牧場長。牛は1頭ずつ名前があり、呼びかけると搾乳舎へ入って来る
搾乳の準備を行う月ヶ瀬牧場長。牛は1頭ずつ名前があり、呼びかけると搾乳舎へ入って来る
マグサは自社圃場だけでなく、島内各所の畑からも収穫する
マグサは自社圃場だけでなく、島内各所の畑からも収穫する

島特有のマグサとTMRで牛群の安定図る


 ゆーゆー牧場は島の高台に位置し、太平洋を望む開放的な環境にある。かつてゴルフ場だった土地を活用し、通年昼夜放牧で飼養する。温暖湿潤な「海洋性気候」に属するものの、起伏のある地形と強い海風にさらされる立地は穏やかとはいえない。そんな環境を前提に牛を飼うのがこの牧場の姿勢だ。

 牧場づくりの出発点には八丈島乳業の前身・楽農アイランド株式会社の小宮山健代表の「八丈島で山地酪農をやりたい」との構想があった。歌川さんは事業とともにその思いを継ぎ、岩手県の中洞牧場を手本に、ジャージーによる放牧酪農に挑戦。寒冷地で成立する山地酪農があるなら、温暖な八丈島でも可能性はあると考えた。効率面の難しさも見え、生産量を追うのではなく、観光地という立地を生かした高付加価値型酪農へと方向性を定めた。その結果、ジャージーの放牧飼養と低温殺菌牛乳を柱とする現在の形が固まっていった。

 飼養するのはジャージーのみで、飼養数は育成牛を含め30頭前後で搾乳牛は15頭ほど。施設はパーラーおよび待機場と、先代の牧場主が手づくりした通称“子牛小屋”がある。個体乳量は25~30kg/日と、一般に泌乳量が少なめとされるジャージーとしては高い水準を保ち、年間生乳生産量(推計)は130t前後になる。

 牧場長の月ヶ瀬匠さん(41)は「昼夜放牧なので、風を避けたり、涼しい場所を探したりするのは牛自身」と話す。冬は強風が吹き続け、夏は湿度が高い気候の中で、牛は自ら過ごしやすい場所を選ぶ。人が細かく制御するのではなく、放牧地での牛の様子を見ながら、日々の搾乳や巡回の中で状態を確かめていく。八丈島には常駐の獣医師や授精師がおらず、繁殖管理や治療に制約が多い。そのため、日々の行動や体調の変化を見逃さないことが何より重要になる。

 4haほどの放牧地で過ごす牛たちは、放牧地の草も食べるが、飼料設計の軸となるのは、搾乳時に与える八丈島の在来飼料「マグサ(八丈ススキ)」と、島外から購入するTMRだ。TMRは育成牛、経産牛、搾乳時用の3種類を使い分け、マグサ(青草)も毎日欠かさず給与する。さらに、季節に応じて、アシタバやサツマイモの芋づる、八丈レモンなども補助的に与える。ただし、芋づるなどは多く与え過ぎると鼓脹症を招く恐れがあるため、量やタイミングには細心の注意を払う。

 TMR導入以前は、マグサや乾草中心の飼料体系で、乳量が伸び悩み、分娩事故も多かったという。「TMRに切り替えたことで、乳量だけでなく牛の健康も安定した」と月ヶ瀬牧場長。離島という制約の多い環境において、外部の餌を取り入れる判断が、牛群全体の安定につながった。


島の素材を生かしたソフトクリームとプリンは直営店・八丈島ジャージーカフェの定番商品
島の素材を生かしたソフトクリームとプリンは直営店・八丈島ジャージーカフェの定番商品
直営カフェにはジャージー牛乳を生かしたスイーツが並ぶ
直営カフェにはジャージー牛乳を生かしたスイーツが並ぶ

大きく変動する観光需要に合わせ、不需要期はバター、アイス類中心に製造


 牧場で搾られた生乳は飲用牛乳を中心に各種乳製品に加工される。工場を統括するのが工場長の氏部太郎さん(36)だ。現在は製造工程の管理に加え、製品開発から配達まで製造・販売全体の仕事に携わる。

 商品のメインはノンホモジナイズ(脂肪球の均質化処理を行わない)・低温殺菌(65℃、30分)の飲用牛乳で、殺菌温度は味わいに直結するため、管理には細心の注意を払う。以前は手動で調整していたが、近年は自動制御機器を導入し、作業の安定性と効率が向上した。この牛乳を使い、プリン、ヨーグルト、バター、ソフトクリームミックス、ジェラート、カップアイスなど20種類以上の乳製品を製造。限られた生乳を無駄なく生かすため、製造品目の組み立ては計画的に行う。

 生乳の受け入れ量は季節によって大きく変動する。夏から秋にかけては日量約200kg前後で、冬から春にかけては400kg近くまで増える。一方、需要は観光客が増える夏場に集中するため、生乳生産と消費のピークにはズレが生じる。

 生乳が不足する時期は飲用向けを優先し、余裕がある時期はバターやアイス類などに振り分ける。特にバターは通年で需要が高く、クリスマス前には業務用を中心に引き合いが急増するが、「今は全く足りていない」と氏部工場長。生産が追いつかず、注文を断らざるを得ない場面も少なくない。こうした需給動向の中で、きめ細かく生乳の配分を調整しなくてはならない。


台風で壊れた手づくりの子牛小屋(提供:八丈島乳業)
台風で壊れた手づくりの子牛小屋(提供:八丈島乳業)

停電・断水のため従業員総出で手搾り、強風で倒木も相次ぐ


 生乳の振り分けは平時であれば基本的に過去の経験に基づき行えば問題ない。だが、その前提を大きく揺るがしたのが2025年10月上旬、八丈島に最接近した台風22号だ。記録的な暴風雨の中で、島内各地では停電や断水が相次いだ。乳業工場のあるエリアは幸いにも電気と水道が保たれ、設備や製品への直接的な被害は免れた。雨漏りなどのダメージはあったものの、冷蔵・冷凍設備が止まることはなかった。

 一方、牧場周辺では停電が長期化し、断水も重なったことで、搾乳設備が使えない状態が続いた。牛の飲み水を切らさないよう、乳業工場から牧場へ水を運ぶ対応が連日続いた。電気と水が同時に断たれ、生乳を搾ること自体ができず、工場の機能が保たれていても、乳業全体は“止まる”状況に追い込まれた。

 牧場施設で被害を受けたのが子牛小屋だ。強風によって地面に埋まっていた部材が露出し、屋根の一部も飛ばされた。倒木も相次ぎ、復旧作業は人力対応が中心で、通信インフラも寸断された。「電波塔が壊れて携帯もつながらず、移動しながら電波を拾って、連絡を取っていた」と月ヶ瀬牧場長。

 停電が続く中でも牛の乳は出続ける。牧場では関連ホテルの従業員も総出で手搾りして、牛のコンディション維持を最優先した。しかし処理に回すことができず、停電が解消するまでの7~10日ほどは約250kg/日の生乳を廃棄せざるを得なかった。


ブランド構築へ受精卵による和牛生産の試みも


 台風は八丈島の酪農と乳業の在り方を問い直す出来事となった。牧場で搾乳が止まれば生乳は集まらず、工場の設備が無事でも製造はできない。「これまでなら、待てば戻るという感覚があったが、停電や断水の長期化を経験し、通常の備えに加えて、やるべきことが見えた」と歌川代表。

 その一つが「停電への備え」だ。小型発電機では力不足だったことから、200V対応の発電機2台を導入し、牧場と工場の最低限の機能を維持できる体制を整えた。もう一つは「孤立への備え」。倒木で道路がふさがれたことから、同社ではチェーンソーを購入するなど自ら道を開ける体制づくりも進めている。

 乳肉複合による経営基盤強化に向けた取り組みも始めた。同社では現在、ジャージーに和牛の受精卵を移植し、和牛子牛を生産する試みを、大学の研究者や授精師といった専門家の知見を取り入れながら進めている。背景にあるのは、雄子牛の扱いという酪農経営上の現実的な課題である。島には肉牛の公共牧場もあり、子牛は生産されているが、「八丈島」の名を冠した和牛ブランドはまだない。「島で生まれた牛を島の名前で届けられないか」。その思いから、酪農に加え、肉牛という選択肢の可能性を探っている。

 台風は避けることはできない。ただ、こうした災害の中で、現場で積み重ねた判断や経験は確実に次につながっていく。守るべきものを見極めた試行錯誤によって酪農・乳業と、これらが織りなす島の風景を残していく。

 【文・斉藤宏之/写真・宮田幸司】


【牧場概要】

所在地:東京都八丈町

飼養頭数:30頭前後(うち搾乳牛約15)

飼養形態:通年昼夜放牧

放牧地面積:約4ha

年間生乳生産量:約130t(推計)


初出:月刊『デーリィマン』2026年2月号

初出企画:グラフ夢追いかけて

原題:停電と道路寸断対策強化し離島の酪農・乳業を持続可能なものに/台風被害長期化で見えてきた“やるべきこと”

※本記事は掲載時点の内容です。


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