飼料会社・獣医師・家族に支えられ、絶望のどん底から繁殖や乳質を改善 大阪府堺市・阪井牧場
- 7月30日
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更新日:7月30日

大阪府堺市の阪井竜一さん(44)は2020年に経営主になって以降、もらい事故で右足骨折、牧場でサルモネラ症のまん延、獣医師の診療点数水増し、家畜商の販売代金の搾取など負の連鎖が続いていた。飼料会社や獣医師など周りのサポートを得ながら、妻・ひかりさん(32)と出会ったのをきっかけにポジティブな思考を身に付け、経営改善を進めている。
※本記事は、月刊『デーリィマン』本誌(2026年6月号)に掲載した記事を、デーリィマンプラス向けに一部体裁を整えて掲載するものです。

不運続き、朝も起きられないほど心が病んだ
大阪府の中央に位置する堺市。泉北丘陵の中腹にある堺酪農団地には現在、阪井牧場を含む9戸が営農している。竜一さんは父・保博さん(73)から経営を引き継いだ3代目。現在、64床のつなぎ牛舎で経産牛62頭を飼養、飼料は全量購入で、年間562tの生乳を出荷する(1日当たり1,600kg生産)。年間個体乳量は9,300kgで、乳質は乳脂率4.14%、タンパク質率3.47%、無脂固形分率8.84%、体細胞数約15万7,000個/mLで推移。従業員としてインドネシア人を2人雇用している。
経営がうまく回り出したのはここ1、2年のこと。経営主になってからというもの不運が続いた。21年3月にもらい事故で右足を骨折。相手の保険で治療費は賄われるものの、保険料が振り込まれるまでのヘルパー利用料、350万円ほどを工面しなければならなかった。その後、牧場でサルモネラ症がまん延。牛群の2割が死に、1日当たり出荷乳量も600kgと半分以下に落ち込んだ。さらに経営者としての知識不足から、診療点数の水増し、個体販売代金のピンハネなどにも気づけず、経営をむしばんでいた。
私生活では当時付き合っていた女性に別れを告げられるなど、まさに絶望のどん底に落とされた状態だった。「どこで歯車が狂ったか自分でも分からなくて、従業員の給料を払えるのか不安を感じ、朝に起きることができなくなるほど心も病んでいた」


低体細胞数、発情や出血の発見で従業員にインセンティブ
そんな折、親身に寄り添ってくれたのが明治飼糧株式会社関西営業所の前村貴史所長だ。愛車を売ったり借金をしてその場をしのごうと考えていたのを止められ、飼料の給与内容や回数などコストを見直し、生産に影響が出ないようサポートしてくれた。
支援の輪はさらに広がり、岡本どうぶつ診療ラボの岡本隆行獣医師と株式会社よくつくの石井一功獣医師、兵庫県の堀田畜産(堀田康雄代表)の堀田充洋さんなどが各分野で助けに加わった。「自分も未熟で、トラブルを引き寄せ、悪意を見抜けなかった反省点がある。財務状況の確認と手続きの方法を一から勉強し、付き合う相手を見直したことで経営環境が改善されてきた」。石井獣医師からは「阪井さんが立ち直ったところを見たい」と背中を押され、ホルスタインのハイゲノム牛の受精卵移植に取り組み始めた。
お金がないときは余裕もなくなり、従業員と良好な関係を築くことができなかったが、今では牧場の財務状況を共有し、余裕が生まれたらできる限り還元するようにしている。牧場では月3回の生乳検査があるが、体細胞数が20万個/mL台なら1,000円、10万個/mL台なら2,000円、1万個/mL台なら5,000円、発情や出血を見つけたら500円/件といったインセンティブ手当を給料の他に設定。「父の代から人工授精をして止まったら1頭5,000円の小遣いをもらっていたことにヒントを得た。作業の中でできることを増やすだけで自分の負担を減らせるし、結果が出れば従業員のモチベーションにもつながる」。こうした取り組みは乳質の安定化(直近の体細胞数は12.7万、19.9万、14.4万個/mL)と、発情発見率62%という繁殖成績にも表れている。

「楽しいことにお金を使う」――ポジティブな考えを胸に
「少しずつお金が残るようになった」と実感を得る背景にもう一つ、妻・ひかりさんの存在がある。24年2月に出会ったのをきっかけにポジティブな思考を身に付けられるようになったのが大きい。それまで、資金が不足する不安から設備や機械の更新をためらっていたものの、阪井さんと真逆の考えに衝撃を受けた。
2025年はフォークリフトの購入やダンプの改修に加え、バーンクリーナーや照明など設備を更新した。「オガ粉はこれまで従業員が手ですくって移していたが、夏の暑い日に行うとそれだけで気が滅入ってしまう。フォークリフトのバケットで作業できれば従業員の負担も軽減できるし、労働環境として魅力が増すのではないかと考えた。自分だけでは踏み切ることはできなかったが、仕事の質を高めること、得られる効果や効率性を踏まえ、投資を前向きに考えるようになった」
ひかりさんからは「楽しいことにお金を使う」というポジティブな考え方を教え込まれた。従業員には焼肉をごちそうすることでねぎらい、自身には趣味のバイクや新居を購入することで仕事への意欲向上につなげている。
実家が農家でコンプレックス “外”で働き家業の魅力に気付く
実家は比較的、裕福だったと振り返る阪井さん。祖父・歳雄さん(故人)の代から堺市中区田園(たぞの)地区で酪農を営んでいたが、人口増加に伴い、1971年につくられた酪農団地へ移転。徐々に経営基盤を築いてきた。その一方で、実家が農家ということにコンプレックスを抱いていた。「当時は一般家庭の家に憧れていて、大きな古い家に劣等感があった」
府内の私立高校に入るもその先の進路を考えておらず、車やバイクなど機械の整備が好きなこともあり、鹿児島県霧島市にある第一工科大学の航空工学部に進む。在学中はパチンコ店やバー、レンタカー会社などで働き、休みの日は趣味のツーリングを楽しんでいた。
1年留年の末退学し、牧場関係の仕事を探していたところ、養豚場の募集を見つけ就職。しかし、場長と意見が合わず冷遇されるなど、報われない日々を送った。「その時、家業は自分でやったことが結果として返ってくることに改めて魅力を感じた」
実家に戻ることを前提に、熊本県西原村にある公共牧場で1年研修。保博さんから人工授精や受精卵移植の重要性が増すと助言を受け、技術の習得に励み2007年、24歳の時に実家で就農した。

トンネル換気やミスト施工――酪農団地でいち早く暑熱対策
牧場では2000年代初頭からトンネル換気を施工していたが、18年に株式会社いけうちのミスト装置を導入。大阪湾と山地に囲まれる盆地地形に位置する大阪はヒートアイランド現象も相まって夏は猛暑となるが、近隣の中では暑熱対策への着手が早かった。
設置からこれまで幾度もミストの位置を調整し、送風機も増設した。中でも牛舎中央の通路にもミストが流れるようにしたことで作業者の搾乳中のストレスを軽減した効果が大きかった。
飼料コストなど物価が高騰する中、牛舎新築など投資のタイミングを検討中だ。搾乳ユニット自動搬送装置やTMR給与などを取り入れたり、分娩房を併設するなど構想を練っている。
阪井さんは「過酷な時代はこれまでもあったが、今は戦乱のように命まで取られることはない。自分なんかがこうしてはい上がることができたので、ウェブで情報を発信し、『面白い人がいる』と思ってもらいエネルギーを与えることができる存在になりたい」と決意を新たにする。
【文・写真 山口昌孝】

牧場概要
飼養頭数:71頭(搾乳牛54、乾乳牛8、育成牛9〈預託含む〉)
飼養形態:つなぎ飼い
飼料畑面積:なし
出荷乳量:562t/年
初出:月刊『デーリィマン』2026年6月号
初出企画:GOOD FARMIN’
原題:飼料会社・獣医師・家族に支えられ絶望のどん底から繁殖や乳質を改善/財務の勉強から始め、スタッフのやる気アップにも力
※本記事は掲載時点の内容です。
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