《北のめん羊ワンダーランド 2》羊を増やしたくても増やせない 繁殖用雌と遺伝資源の不足
- 7月10日
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更新日:7月26日

国産羊肉を増やせない本当の理由
繁殖用雌羊、遺伝資源、人工授精体制の壁
羊肉人気が高まり、飲食店からの問い合わせも増えている。だが、国産羊肉の生産量は簡単には増えない。背景には、繁殖用の雌羊や遺伝資源の不足、ブリーダー不在、人工授精体制の未整備など、めん羊生産を支える基盤の弱さがある。第2回は、生産拡大を阻む構造的な課題を聞いた。
(聞き手・構成=星野晃一/全7回の2回目/2026年4月2日取材)
ゲスト 北海道めん羊協議会会長・武藤浩史さん
同顧問・河野博英さん
規模拡大に足りない繁殖用雌羊
――商売ですと普通、需要が拡大しているなら、生産規模を大きく、と思うのですが。
武藤 規模拡大のために足りないのは、繁殖用のメス(雌羊)と飼養管理技術です。例えば今年、200頭生まれて、そのうち100頭がメスだったとします。その中で、本当にいいメスを残すのですが、そのうち50頭残すと淘汰(とうた)率50%。でもこの淘汰率では、育種改良的に言えばだんだん個体の質が悪くなる数字です。
もちろん、残りの50頭でも繁殖能力があるし、そういう意味では問題ないけど、この増やし方ではいつか破綻するんですよ。産子率だとか、増体率だとか、いろいろな能力が全体的に落ちる。多頭飼養するほど一定性が求められるんです。
30~50頭程度の規模だったら、ばらついていてもいい。子を産まなかった羊がいても30分の1とか50分の1ではあまり影響がない。でも数が増えてくると、ダメな個体の比率が増えてきて、じわじわ経営を圧迫してきます。
国内に乏しい遺伝資源とブリーダー体制
武藤 デーリィマンは乳牛の専門誌だから乳牛に例えると、私が学生の時の平均年間乳量は5,000kgでしたが、今や1万kgで倍に増えた。これは遺伝的改良の成果ですが、この遺伝的改良をめん羊でやっているのがNZや豪州です。でも、日本では多頭飼養に向かうために必要な遺伝資源が少な過ぎるんです。
じゃあ誰がその遺伝資源つくるのか。乳牛なら昔ながらのブリーダーがいて、凍結精液や受精卵も流通していて、技術を持った授精師もいます。改良する気になれば、全国どこでも同じレベルでできる。一方、羊の場合はブリーダーが存在しません。
羊の世界では羊毛や肉などの生産者を「コマーシャル」と呼んでいて、ブリーダーはそのコマーシャルに良い羊を売る農家。海外ではブリーダーとコマーシャルを両方やっている農家もいます。それでニーズがあって経営が成り立つ。ブリーダーを支えるのが育種評価をするようなシステムや、凍結精液とそれを授精できるシステムです。日本はこれらの体制が皆無なんです。だから生産の伸びる要素がありません。
われわれはこの30年間、体制支援を訴え続けているのですが、この間、国や北海道の研究機関がどんどん羊から撤退しました。民間業者も2万頭程度では、例えば精液輸入しても大して商売にならない。羊の精液の輸入が農水省に正式に認められ解禁されたのは、ほんの5年前ですよ。それ以前は流通ができなかったんです。
人工授精と生体輸入の高い壁
河野 解禁されたとしても、民間で独自に輸入することはありません。羊の凍結精液は牛に比べて受胎率が低いので、人工授精は腹腔鏡で子宮に直接精液を入れる方法が世界的に採られていますが、その技術者は日本にわずかしかいません。何とか技術者を育てようと畜産技術協会の事業で何年か取り組んだんですけど……。おなかに穴を開けるので、牛のように自分の牧場の個体を個人でやっちゃうレベルではないんです。
武藤 しかも、自分の家畜に人工授精ができたとしても、獣医師でないと授精証明が出せません。他にも、授精技術を習得したとしても、道具をそろえるには周辺機器を含めると数百万円規模の投資になります。その上で精液を輸入する際は100~200本の単位では単価が高過ぎて収支が合わない。だからある程度のロットで入れてストックしてデリバリーするシステムができないと現実的ではないんです。
――現状では生体でオスを輸入しているんですか。
武藤 そうですね。ここ数年は農家が個人で輸入し始めていて、うちの牧場でも一昨年輸入しました。でも、これもコストが跳ね上がっているんですよ。運賃も含めて向こうの相場が上がっていて、10年前の3~4倍です。個人で種オス1頭輸入して100万円ですよ。業者に頼んだら150万~200万円です。メスでも60万~70万円。牛じゃないですよ。羊ですよ。
それで、子羊を1頭育てて肉の売上が15万円くらい。羊は1年に1、2頭しか産みません。仮に60万円のメスを輸入して採算が合うかどうか。
――オスを輸入して他の牧場にレンタルして元を取るとか。
武藤 無理ですね。繁殖季節は限られていて、自分で輸入したオスは自分の牧場で使うので手いっぱいです。そもそも、大事な羊を貸したくはないですよね。ですから、生まれた子を売るか、精液を採取して売る方向にしなくては。でも、そこで問題になっているのは先ほど述べた通りです。
輸入したオスの、2代目のオスを売る場合も、100万円で輸入したから国内でも100万円で売れるかということはありえません。せいぜい1頭20万~30万円でどうだ、というレベルです。
河野 新しいオスが日本に入って来た時に、精液をできるだけストックして将来使えるようにする体制が必要です。人工授精師の免許は、国の家畜改良センター十勝牧場で取れます。ただ、人工授精しても栄養管理をしっかりしないと繁殖成績が良くなりません。
武藤 人工授精を、牛のように全頭行うのはナンセンスです。良い種オスがいたら、40頭のメスにはオス1頭いればいい。それを1シーズンに2群ぐらい使うことができるので、1頭の種オスを100頭ぐらいに使えます。群れに放して自然交配させる方が受胎率も高いですし。
その優秀な1頭のオスをつくるために人工繁殖技術が必要なんです。オスを生体で輸入するより、精液で輸入した方がコストも低いしリスクも少ない。生体輸入は、牧場に着くまでホント安心できません。検疫所で落ちたらパーですからね。また、日本に着いて数年たってから病気が出ることもあり得ます。例えばヨーネ病なんかそうです。だからやっぱり人工繁殖技術の方がいい。品種のバリエーションもつくれます。A、B、Cの品種を500本ずつ送ってくれ、という話ができます。そして半永久に保存ができます。
◇
生産拡大には、優秀な種オスや人工繁殖技術だけでなく、品種をどう選び、どう改良していくかという視点も欠かせない。次回は、サフォーク信仰や交雑種、海外で進む品種改良を手掛かりに、めん羊改良の現在地を掘り下げる。
次回はこちら
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