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「牛が幸せ、人も幸せ」を形に――通年放牧のジャージー牛乳を会員へ 北海道当別町・ジャージーの箱庭

9月1日
読了時間: 7分

更新日:9月9日

当別町で新規就農し、夫婦で「ジャージーの箱庭」を営む藤田龍太さんと妻・里世さん
当別町で新規就農し、夫婦で「ジャージーの箱庭」を営む藤田龍太さんと妻・里世さん

 石狩管内当別町で新規参入し「ジャージーの箱庭」を開設した藤田龍太さん(31)と妻・里世(りよ)さん(26)は、ジャージー、グラスフェッド、ノンホモジナイズ製法(63℃・30分殺菌)という三つの特徴を生かした牛乳「ジャージー牛のおすそわけ」を会員向けに販売・配達している。「牛が幸せ、人も幸せ。」をモットーに、牛乳、ソフトクリーム、牧場風景などを通じ、“おすそわけ”を消費者と共有している。

 ※本記事は、月刊『デーリィマン』本誌(2026年7月号)に掲載した記事を、デーリィマンプラス向けに一部体裁を整えて掲載するものです。


放牧草の変化に伴い、季節ごとに味わいが変わる低温殺菌牛乳「ジャージー牛のおすそわけ」
放牧草の変化に伴い、季節ごとに味わいが変わる低温殺菌牛乳「ジャージー牛のおすそわけ」
既存のD型倉庫を改修。手前を倉庫、奥側を牛舎として活用
既存のD型倉庫を改修。手前を倉庫、奥側を牛舎として活用

目標の会員100件はすぐに満員に


 札幌市の中心部から車で1時間もかからず、北欧・スウェーデンの街並みを模したスウェーデンヒルズにほど近い高岡地区。ジャージーの箱庭は8ha(放牧地4、採草兼用地4)の草地で経産牛9頭と子牛7頭を飼養している(全頭ジャージー)。5牧区に分けた通年放牧で、冬季は放牧範囲を狭めるが、牛の居場所は、あくまで牛が決める。「人が管理するのではなく、対等な立場で牛に選択肢を提供したい」。そう話すのは札幌市出身の龍太さん。

 実家で犬やインコなどを飼っていたことから動物が好きで、生き物に関する仕事を考えるように。市内の普通高校を経て進路を模索する中で、牧場経営を目標に据えた。新規参入に向け十勝管内大樹町、千歳市、釧路管内標茶町の牧場で働き経験を積み、生乳を全量加工販売する経営スタイルを構想した。就農地を探していたところ、当別町役場が龍太さんの思いに理解を示してくれたことから同町での就農を決断した。

 2023年4月に当別町に移り、自宅兼牛乳の処理施設を青年等就農資金や町の助成事業などを活用して建築。総事業費は5,000万円で、牛舎は既存のD型倉庫を活用し、作業用機械はトラクターを所有し、ブロードキャスターなどのアタッチメントを借りる営農スタイルで初期投資を抑えた。

 同年6月に7頭、11月に1頭を道内複数の牧場から11カ月齢前後で導入。24年2月に搾乳から処理までの工程を試し、5月から本格的に会員限定の低温殺菌牛乳「ジャージー牛のおすそわけ」を販売した。週2本(1本900mL)以上の注文であれば、当別町と札幌市には龍太さんが配達し、それ以外は冷蔵の宅配便で対応。「ありがたいことに、目標としていた会員100件の枠はすぐに埋まった。今は新たな会員は募っていないが、空きができたら空き待ちの人に声をかける形にしている」


親付けは乳房炎のリスクが高まるといわれているがこれまで発症していない
親付けは乳房炎のリスクが高まるといわれているがこれまで発症していない

親付けでも日乳量は15~20kg/頭


 牛を経済動物とくくるのではなく、対等な関係として捉えている。牛が生産、人が販売の役割を持ち、生乳を生み出してもらう分、牛ができないことを人が補い、それを基に牧場整備など投資して牛に還元している。ジャージーの箱庭には「ミニチュアのように牧場を俯瞰(ふかん)で見て、最適な環境に近づけて完成させていこう」という思いが込められている。

 乳量は追求せず、牛の健康を第一にしている。搾乳は朝1回で、パドックに設置したゲート内で1頭ずつ行う。最大の特徴は“親付け”であること。子牛は6カ月齢くらいまで好きなときに母牛の前乳房からミルクを飲む。個体日乳量は当初10kg程度を想定していたが、子牛が前乳房から吸う分を除いても1日当たり15~20kg/頭になるという。

 自然に近い形での放牧を目指す龍太さんは、ホルスタインに比べ品種改良が進んでいないことからジャージーを選んだ。6月下旬から7月にかけて季節繁殖を行い、受胎率を考慮して通常精液を使う。

 導入した当時の8頭はきゃしゃな体つきで、「それぞれの牧場で食い負けていたのか、ウチに来たときはサイズも小さい印象だった」と振り返る。放牧するようになってからは餌をたくさん食べるようになり、自由に歩き回ることで体格が改善。農業改良普及センターの職員と月に1回、体型を測定している経過では通常のジャージーの発育に引けを取らないほどに。母牛はほとんどが3産目を終え、その娘牛は全乳哺育と栄養価の高い放牧草に加え、運動ができる環境の効果もあって、体高の伸びが標準の3倍程度になっているという。


牛が草を食み、糞尿を落とすことで、雑草地化していた8haの草地の植生は徐々に改善している
牛が草を食み、糞尿を落とすことで、雑草地化していた8haの草地の植生は徐々に改善している

草地植生の安定化へ表層溝切り追播


 飼料は配合飼料および穀物を与えず牧草のみ(グラスフェッド)。元は採草地として使われていた8haは、雪印種苗株式会社に分析してもらったところ重粘土質で土が硬く、水はけが悪い環境だった。さらに、ここ数年は管理がされておらず、チモシー主体だった草地は雑草地化していた。

 就農後3年で牛が草地に入って土を耕し、草を食(は)み、養分となる糞尿を落とすことで徐々に植生が改善されてきた。表層部に溝を切る方法でおととしにペレニアルライグラス、昨年にフェストロリウムの「ノースフェスト」の種をまき、さらなる植生の安定化に努める。

 人の健康に良いとされる不飽和脂肪酸を多く含むグラスフェッドミルクの特徴に加え、夏はマメ科率が高まって生乳中のタンパク質率も上がる。「ウチの牛たちは、乾乳期に乾草を食べて体が締まってきて、泌乳期には栄養価が高い放牧草を食べることで肉付きが良くなってくるイメージ」と龍太さん。「草地にはオオバコやタンポポも残っているが、好んで食べる牛がいて完全に絶えることがないので、牛に合わせて生態系が保たれているのだと思う」

 1頭ずつバケットで搾乳していることから、牛ごとに食べた草種が違って、においの違いにも気付く。配達先の会員も日々の変化を感じ取っており、昨年9月には風味に関する問い合わせがあった。原因を調べたところ、雨が続いた日の牛乳だということが判明。牛は口に入れたものや、呼吸した空気のにおいが早くて30分で乳に移ることを北海道大学の三谷朋弘准教授に指摘された。パドックを舗装して雨や土の跳ね返りを少しでも軽減し、飼養環境についてもより細心の注意を払うようになった。


自家産ジャージー牛乳のみを原料にした土日限定のソフトクリーム(税込み600円)。コーンはモナカのような食感
自家産ジャージー牛乳のみを原料にした土日限定のソフトクリーム(税込み600円)。コーンはモナカのような食感

ソフトクリームは1日300個販売する盛況ぶり


 昨年、5月から10月の土日限定でソフトクリームの販売も始めた。試作時に生クリームを入れていたが、生乳の脂肪分だけで十分だということが分かり、原料は牛乳だけにしている。「ここで育った牛と草から生み出される生乳を、のびのび過ごす牛を見ながら味わってもらいたい」。ソフトクリームの販売を担当する里世さんは「1日300人ほどが牧場に来てくれて、帰り際に『おいしかった』と言ってもらえるとやりがいを感じます」と笑顔を見せる。

 人づてに牧場を知ってもらい、牛乳の供給先や商品開発のヒントを得ることもある。24年から200mLサイズの牛乳が新千歳空港のMilk Stand北海道興農社で取り扱いが始まった。札幌市内では日本料理のみえ田、イタリアンのマガーリ、道外では東京、神戸、名古屋、大阪のレストラン、期間限定で札幌のpâtisserie ASAKAやパティスリーシイヤでもジャージーの箱庭の牛乳が使われている。オリジナル商品では後志管内余市町のBOTTEGA PARCOFIERAと徳光珈琲とのコラボで「もみもみコーヒーゼリーソフト」を商品化。龍太さんの思いに賛同した人たちとの、牛が生み出す循環の輪が広がっている。

 牧場稼働から2年。ジャージーの発育、放牧地の植生改善、牛乳販売の販路開拓など、当初の計画は順調に達成してきた。気軽に行ってみたくなる牧場にしていきたいと話す龍太さんの次なる構想は、道路を挟んだ反対側の敷地の開拓だ。「今は堆肥や乾草ロールの置き場となっているが、将来的に放牧地を眺めながら食事ができ、宿泊・滞在できるオーベルジュの建設を構想している。あとはクワガタを捕まえたい」。“箱庭”の発展はまだまだ続く。

【文・写真・山口昌孝】


牧場概要

飼養頭数:16頭(経産牛9、子牛7。全頭ジャージー)

飼養形態:通年放牧

草地面積:8ha(放牧地4、採草兼用地4)


初出:月刊『デーリィマン』2026年7月号

初出企画:グラフ夢追いかけて

原題:牛は生産、人は販売、低温殺菌ジャージー牛乳を会員に届ける/牛が土を耕し、糞尿を落とし草地を改善

※本記事は掲載時点の内容です。



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