《北のめん羊ワンダーランド 20》初心者向けから経営者向けの事業へ 公益社団法人畜産技術協会 前編
更新日:2 日前

めん羊の登録事業のほか、飼養技術の向上を目的とした各種事業を全国規模で展開しているのが、公益社団法人畜産技術協会だ。めん羊担当の山口隼さん(技術普及部綿山羊振興課)と、技術普及部長の名倉義夫さんに、事業の内容や業界の現状などを聞いた。
【聞き手・構成=星野晃一/2026年6月取材】※「北のめん羊ワンダーランド」は毎週金曜日更新中!
凍結精液を利用した個体の追跡調査も
――まず、畜産技術協会のめん羊に関する事業についてご紹介ください。
山口 主な事業は、初めて羊を飼われる人向けの飼養管理技術の普及と国内の生産基盤の整備です。特にめん羊は他の畜種と違って家畜市場がなく、肉用牛のように繁殖農家と肥育農家が分かれているわけでもありません。そのため、飼育を始めたい人に安定的に生体を供給できるように、その元となる種畜生産の体制整備を支援する事業にも取り組んでいます。
また、その時々の社会情勢や生産現場のニーズに合わせて事業内容も変化させています。例えば、国産羊肉がまだ十分に評価されていなかったころには、羊肉の販売促進事業を実施しました。一方、中山間地域の耕作放棄地対策としてめん羊が注目された時期には、新たにめん羊飼育を始める人に向けて除草管理用のマニュアルを作成するなど、社会的要請やニーズに応じた支援を日本中央競馬会の畜産振興事業を活用させていただき行ってきました。
名倉 時代に合わせた生産振興ということで、数年前にはやった耕作放棄地対策では単に「めん羊を飼育する」だけでしたが、近年は羊肉生産まで視野に入れた人が増えてきたので、基礎的な飼養管理だけではなく、一歩踏み込んで、牧場経営や収益性まで含めた事業も実施しています。
山口 2017年度には初心者向けに「山羊とめん羊を用いた除草管理のためのマニュアル」を作成しました。2025年度には、その内容をさらに充実させた「持続的な発展を目指した山羊・めん羊飼養管理マニュアル」を作成しています。栄養管理や衛生管理に加えて、経営上のポイント、情報の入手先・問い合わせ先なども掲載しており、より実践的な内容になっています。
――資料はどういうところに配布しているんですか。
名倉 部数に限りがありますので、関係団体や都道府県の畜産担当部署を中心に配布しています。また、研修会などの参加者にも配布しており、一部の記事は当会が年2回発行している「シープジャパン」にも掲載したりしています。
――新規就農も増えているし、欲しがる人は多そうです。
山口 そうですね。2025年度に作成したマニュアルは8月から当協会のホームページでダウンロード可能です。ただ、資料があっても、現在、めん羊がそもそも不足しているので、新規就農を希望しても肝心のめん羊が手に入らずに思うようには始められないケースが少なくありません。
――個体数を増やすには種雄の確保が課題ですね。
山口 個体取引できる家畜市場がないため、近交係数が高くなりやすく、当協会でも人工授精の活用を推奨しています。また、都府県の生産者が定期的に種雄を導入できる供給元は北海道の独立行政法人家畜改良センター十勝牧場にほぼ限られています。そのため、都府県でも種雄を生産・供給できる体制づくりに取り組んできました。
また、一昨年度までは海外から輸入した凍結精液を活用した人工授精技術の普及および技術者の養成事業も実施していました。
この10年ほどで、少ないながらも種畜供給の仕組みは整ってきたので、今年度からは、生産した種雄が農家でどのように利用され、その後どこへ移動・販売されていくのかといった流通実態を把握する調査にも取り組んでいます。
――凍結精液の輸入状況は。
山口 2021年に輸入が解禁されて、2022年に協会事業と他2社で3品種4系統の凍結精液が輸入されました。しかし、その後の個人輸入などの件数は分かりませんが、精液証明書の付いた公式な凍結精液の輸入はありません。
――その時は何本ぐらい?
山口 1品種100本が1ロットだったので、4系統で400本です。このうち、当協会の事業で200本、あとの2社で200本が導入されました。
――今輸入が止まっているのはどんな理由ですか。
山口 まず輸入価格です。当時でも1本1万~1万5,000円程度でしたが、現在の為替レートや物価上昇だと3万円近くになる可能性もあります。また、同じ1頭の精液を100本入れても、その雄だけの血統になってしまうので、なかなか使うのが大変です。
名倉 精液はニュージーランドから入ってきますが、検疫などの都合で精液は1頭当たり100本。その100本で1ロットです。だから100本といっても、何頭分かの100本じゃなくて、1頭の100本なので血統のバリエーションができないんです。ですので、バリエーションを増やそうとすると血統ごとに100万円ずつかかってしまう。それで輸入が進まないこともあるのだと思います。
――では、現実的には国内にある精液を流通した方がまだバリエーションはできるんですか。
山口 難しいところですね。保管されている凍結精液を使えば、結構バリエーションは増えるんですけど、現在は凍結精液を採取・作製できる技術者がほとんどいません。将来のためには、優秀な雄羊の精液を計画的に保存していく必要がありますが、それも十分には進んでいないのが現状です。
さらに、めん羊の精子は凍結保存に弱く、融解すると活力は凍結前の50~70%程度まで低下します。加えて、めん羊の子宮頸部は、らせん状で複雑な構造をしているため、牛・豚で一般的に用いられる人工授精法では高い受胎率が期待できません。そのため、内視鏡を用いて子宮内へ直接精液を注入する「子宮内人工授精」が必要になります。しかし、この方法は外科的処置を伴うため獣医師しか実施できず、国内で対応できる獣医師は5人もいません。そのため、一昨年度の事業では、種畜生産だけでなく人工授精技術者の育成にも取り組みました。
登録事業は日本のめん羊改良を支える重要な基盤
――協会が実施するめん羊の登録事業について教えてください。
山口 登録事業についてお話しする前に、1つご説明したいことがあります。畜産関係者の読者の方には釈迦に説法になりますが、一般の方がイメージする「登録」と家畜の登録制度は少し意味合いが異なります。めん羊や山羊はペットとして飼育されることもありますが、位置付けとしては「家畜」になります。犬や猫の血統書は、その個体の血統を証明する意味合いが強いと思います。しかし、家畜の登録制度は血統を証明するだけではありません。親子関係や系統を正確に記録し、近親交配を防ぐとともに、計画的な品種改良を進めるための基礎資料となります。また、産子の成績や体型などのデータを蓄積することで、優れた能力を持つ系統を評価し、次世代の種畜選抜にも活用されています。つまり、血統登録は個体を証明する制度であると同時に、日本のめん羊改良を支える重要な基盤でもあるのです。
めん羊の血統登録は現在、年間500~600頭程度です。ここ数年は若干減少傾向で推移しています。登録頭数の約9割は北海道からの申請で、都府県からの登録はごくわずかになっています。
以前は全国各地から登録申請がありました。東京から全ての登録審査を行うことは難しかったため、特に登録申請の多かった道府県には、地方の畜産団体などへ登録業務を委託していました。最盛期には17団体に委託していましたが、現在は11団体まで減少し、定期的に登録業務を行っているのは4団体ほどになります。
現在、登録している品種はサフォーク種とテクセル種の2品種になります。以前はコリデール種やポールドーセット種、サウスダウン種なども登録していました。体型審査標準は現在も整備してありますので、今後、海外の公的機関が発行した血統書を備えた個体が導入され、維持されたら登録の対応をしたいと考えています。
日本での登録頭数の大半を占めるサフォーク種は、品種が造成されてから長い年月がたっており、ニュージーランドではサフォーク種の改良は既に行われておりません。そのため、生産性をさらに高めるには、新たな品種や系統の導入が必要ではないかという声が現場から上がっております。登録制度も現場の声に寄り添った体制を整えたいと考えております。
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後編では、新規就農相談の実態や、と畜場・獣医師不足といった参入時の課題、定期刊行物「シープジャパン」の役割について聞く。
後編はこちらから(2026年9月25日公開予定)
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