地域と未来を結ぶ学び場づくり目指す 山梨県北杜市・内田牧場 内田雄祐さん
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地域と消費者をつなぎ、酪農の魅力と理解を広げる「酪農教育ファーム」。その担い手となるファシリテーターの資格を持つのが、山梨県北杜市の酪農家・内田雄祐さん(40歳)だ。北海道での勤務や県職員としての経験を経て、2025年春に就農。県の畜産酪農技術センター勤務時代にファシリテーターの認証を取得し、その重要性を強く認識した。現在はまだ牧場認証を取得していないが、将来的には自らの牧場で酪農教育ファームを展開し、地域や子どもたちが酪農に触れられる場をつくりたいと考えている。牛舎の清潔さ、乳質へのこだわり、そして制度を支える酪農家の思い——。内田さんの歩みと未来への展望を追った。
「酪農ある風景が失われる…」
地域への危機感から就農を決意
内田牧場は、総飼養頭数約53頭、うち経産牛が38頭。昨年の出荷乳量は約350t(33〜34万㎏)にのぼる。乳質は、乳脂肪平均4.09%、タンパク質3.39%、無脂固形分率8.81%、体細胞数11.1万/㎖という良好な数値を維持している。これらの数値は日々の積み重ねの成果であり、牧場の誇りでもある。
自給飼料は牧草約2ha、デントコーン5.5haに加え、裏作でライ麦を5ha栽培。スタッフは本人と妻、両親の4人体制で、少数精鋭の経営を展開している。牧場のモットーは「牛舎と牛を綺麗に保つ」こと。牛舎は数十年にわたって掃除を続け、牛体も尻尾や後肢を中心に洗浄。その徹底した清潔さは訪れた人を驚かせるほどだ。父・繁雄さん(66)が長年守り続けてきた姿勢を受け継ぎ、経営の根幹として大切にしている。
85年3月生まれの内田さんは、帯広畜産大学を卒業後、飼料メーカーの北海道支所に就職し約3年間勤務。結婚し2人目の子どもが生まれたタイミングで実家に戻ってきた。その後は県の職員として働きつつ、早朝の牛舎作業や農繁期のサポートを続けてきた。
就農を決意した背景には、地域酪農の衰退がある。北杜市では約3年前には19戸あった酪農家が、いまでは10戸程度にまで減少。40代後半から50代の現役世代の離農も少なくなく、将来への不安が広がっていた。内田さんは「離農の話を後から聞くことが多く、事前に相談されても止められなかったことにショックを受けた」と振り返る。地域から酪農の風景が失われるかもしれないという危機感が、就農を後押しした。
ファシリテーター取得と実践
“橋渡し役”としての思い
内田さんが酪農教育ファームファシリテーターの認証を取得したのは24年度。当時勤めていた県の畜産酪農技術センターが牧場認証を取得して教育ファーム活動を行っており、そのために職員はファシリテーターの資格を得ていたことがきっかけだった。 消費者と農家の距離が広がっていることに懸念を抱き、「橋渡し役を担いたい」という思いもあったと内田さんは語る。
センター時代には、中高生の職業体験や消費者団体の見学受け入れを行った。対象や目的に応じて内容を柔軟に変え、理系の学生には受精卵や人工授精といったバイオ技術の話を、消費者団体には生産から流通、食卓に届くまでの過程を説明。理解度や関心に合わせて伝える工夫を欠かさなかった。
牛舎に入れない場合でも、柵越しに見せたり、動画を活用したり、グループを分けて交互に体験させるなど、限られた条件下で学びを最大化する工夫も実践。「相手の興味を引き出し、学びを誘導することがファシリテーターの役割」と話す。
認証を取得してからは、単に知識を伝えるのではなく、参加者が主体的に考えるきっかけを与えることを強く意識するようになった。内田さんは「柔らかい雰囲気で接することで質問が出やすくなり、学びが深まる」と感じている。
更新制度の見直し後も
スキルアップ研修「参加したい」
酪農教育ファームは、乳価の一部から拠出される酪農家の資金によって運営されている制度だ。内田さんはその点を強く意識する。「自分たちが負担しているお金だからこそ、意味のある形で活用されなくてはならない。消費者に理解され、応援してもらえる活動を通じて、酪農の仕事も続けやすくなる」
ファシリテーター資格の更新制度の見直しについても「現場の負担が少なくなった」と評価する。従来は3年に1度の更新で、更新年度にはスキルアップ研修会への参加が必須だった。次年度以降は毎年の「活動継続届出書」と「前年度の活動実態調査報告書」の提出で更新できる。スキルアップ研修会(ワークショップ)や安全・衛生・防疫対策講演(オンデマンド配信)は任意受講となる。
だが内田さんは「スキルアップするための研修は必要。任意参加であれば積極的に出たい」と語る。ファシリテーター資格はリーダーシップに直結すると考えており、「大規模農場の管理者や地域を導く立場の人こそ取得すべきだ」と強調する。
“つながる酪農教育ファーム”のような
継続的な教育活動を
内田牧場はまだ牧場認証を取得していない。認証に向けては手洗い場やトイレ、緊急時の病院情報把握など、ハード面の整備が必要となる。だが内田さんは「両親が元気なうちにぜひ取得したい」と強い意欲を示す。
構想しているのは単発の体験会ではなく、継続的に関われる仕組みだ。子どもたちが定期的に通い、牛の世話を続けるなかで少しずつ慣れ、できることが増えていく。謂わば1回で終わらない“つながる酪農教育ファーム”。回を重ねることで成長や達成感を味わえる場にしたいと考えている。
「非日常の体験は子どもの心に残ります」と内田さん。現場で見て、触れて、匂いまで感じる体験が、次の学びや関心につながる——内田さんはそう実感している。「そうしたきっかけを一人でも多くの子どもたちに与えたい」と語る。
地域と未来を担う
酪農教育ファームの可能性
北杜市周辺では後継者不足や高齢化、さらにシカやイノシシなどの鳥獣被害が重なり、酪農経営は厳しい環境に置かれている。特にデントコーン畑は被害が大きく、防護柵や電気柵の設置が欠かせない。
それでも内田さんは前を向く。「酪農を続けるだけでも大変な時代ですが、だからこそ地域や子どもたちが酪農に触れる機会を作ることが大事。酪農教育ファームはその大きな力になるはずです」と語る。
前職でのファシリテーター活動を通じ、酪農教育ファームの価値を深く理解した内田さん。今はまだ自らの牧場での活動は始まっていないが、準備は着実に進んでいる。牛と真摯に向き合い、地域の未来を見据える姿勢は、酪農教育ファームの理念そのものだ。近い将来、北杜の地に新たな酪農教育ファームの拠点が生まれる日を期待したい。
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「酪農を通して食やしごと、いのちの学びを支援する」ことを目的に、全国の酪農家らが牧場や学校などで教育関係者らと連携しながら実施する酪農教育ファーム活動。 1998年に酪農教育ファーム推進委員会が設立され活動がスタートした。 その2年後には“情熱を持って子どもたちを受け入れ、かつ利用者が安心して訪問できるよう、一定の安全・衛生条件を満たす牧場など”を認証する制度が設立。 2025年3月末時点で認証牧場は215牧場、牧場や学校などで活動を行う酪農教育ファームファシリテーターは471人に上る。